イノウエのたいわんブログ

ほぼ台湾の話題、時々中国…。

自宅の4階建てアパートの1階は店舗で、オートバイの修理屋がある。油で黒ずんだコンクリートの床と壁。片隅に250CCの年代物がでんと置かれ、赤い字で「売り物」の札。台北でバイクは庶民の足だから、ぽつぽつ客が寄る。灰色の作業服の老店主がいつも店先に腰掛けている。岸信介元首相に似て、立派な風貌だ。 「この上にお住まいですか」。それまで、ちらちらと視線を送ってきていた老店主が、意を決したように話しかけてきた。小学校6年まで日本語教育を受けていたという。「おいくつですか」「昭和6年です」「日本語がお上手ですね」「いや、あれ以来話しませんので、言葉がうまくつながりません」。祖父母を思い出させる丁寧な楷書の日本語だ。 あたりは日本時代「大龍ドウ町」(ドウは山へんに同)と呼ばれた古い町。いつか昔話を聞こうと思っている。

日本人によるタクシー運転手暴行事件の取材、初めて台湾の刑事裁判を傍聴した。日本の刑事裁判は口頭主義なので、検事や弁護士がひたすら書面を読み上げていく。 台湾も建前は口頭主義らしいのだが、実際は3者で判決文の字句を詰める作業を法廷で延々と続ける。「検察官は犯行が極めて残酷で、社会に与える影響を大きいと述べた…マル(。)…と。弁護人、よろしいか」という感じ。ビジネスマンが契約書の内容をめぐり交渉しているかのようだ。 被害者の弁護人も検事と同席し、賠償関連の民事的な話し合いも同時に進む。法廷が、被告人をめぐる検察+被害者側と弁護側の駆け引きの場となっている。日本の刑事裁判は多くは弁護人がかなり控え目で、丁々発止にはなかなかならない。台湾のように、被告人の利益を守る争いがもっとあってもいいのかも知れない。

二二八事件から今年は65周年。政府に対する台湾市民の反抗と、その後の鎮圧で多くの犠牲者が出たが、カク柏村・元行政院長(カク=赤におおざと)が、犠牲者と行方不明者が500人だったと発言し「遺族の心の傷に塩を塗るもの」と市民の一部から強い反発を呼んでいる。政府の学者チームの結論は1万8,000人だが、8万~11万人と主張する人もいる。 二二八事件の犠牲者の名前が刻まれたいしぶみをなでながら、いまだに遺族は涙する。たった65年前のこと。まだ心の傷はいえない。カク行政院長が彼らの心を傷つけたのはまちがいない。 カク氏はまた、高校教科書が「中華民国」を「台湾」と書いることを嘆き、修正を求める投書を各メディアに送ったが、ここでも犠牲者が実際は少ないと主張した。カク氏は江蘇省出身の93歳。心は中国にありだ。望郷の念もあろうし、何より中国人だ。自分が歴史にどう書かれるかが気になるのではないか。 同じような議論が日本でも最近起きた。河村たかし・名古屋市長が南京事件はなかったと述べた。カク氏の意見は極論だが、河村氏の「ない」は証明不能の暴論であり、議論の対象にならない。いうまでもなく、社会の出来事で「ない」を証明するのは不可能だ。 実は河村市長は、「事件性」がないといっている。規模が小さく、原爆に比すべき大事件ではないと言っているのであり、日本人ならそのニュアンスが分かる。でも、それは論理ではない。中国語や英語に翻訳されれば、河村市長の発言は暴言にしか聞こえない。「ない」はありえないので、暴言になる。議論の対象から外されてしまう。 河村市長は、政令市の市長という要職にありながら、よくぞ言ってくれたと思う。しかし、政治家が発言する以上は、もっと時と場合を考えて、戦略的にしてもらいたいものだ。

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