井上雄介のたいわんブログ

ほぼ台湾の話題、時々中国…。

2012年07月

蒋経国時代以来のベテラン政治家、宋楚瑜・親民党主席(70)夫人の陳万水さんが27日、台北市内の病院72歳で亡くなった。宋主席が2006年に台北市長選に立候補したころ大腸ガンと診断され6年間も闘病を続けた。12年1月の総統選でも痩せた病身で街頭に立ち、夫への支持を訴えた。 選挙は想像以上に過酷な戦いで、家族全員が私生活を犠牲にした総力戦となる。中でも夫人の活躍は当落を左右するほど決定的だ。宋主席は当初は若手の有望政治家だったが、3度の総統選と市長選に失敗した。陳夫人は、報われない選挙戦を毎回全力で支えたが、よほどの愛情がなければ続かない。 2人の関係は45年前の米国留学中、苦学生だった宋主席に、陳夫人がアルバイトを紹介した時に始まる。宋主席の心の穴は大きかろう。台湾政界の重鎮も、遂に引退の時を迎えるのかもしれない。

「廉政(クリーン政治)駅弁」がばか売れしている。台湾鉄路(台鉄)が毎年6月の「鉄路節」(鉄道の日)に合わせ売り出したところ、まもなく前行政院秘書長の林益世被告の収賄事件がはじけ、偶然に大ヒット商品になってしまった。 クリーンな政治を呼び掛けるため、政府がつくらせたとのうわさが流れたが、台鉄は否定。弁当のおかずに「蓮」、「白」の字がある野菜が使われ「清廉潔白」が連想されることから「廉政弁当」に落ち着いた。主菜のスペアリブは「気骨」を示すのだとか。 価格も1個80台湾元(約220円)と庶民に優しい。台鉄は毎年、鉄路節記念の新作駅弁を1,000~2,000個限定販売している。廉政駅弁は1日500食が1時間で完売する人気のため1万5,000個つくることにした。ただ、いかに売れようと潔く7月末で販売終了となる。

友人の計らいで、李登輝元総統が主催する青年向けセミナー「李登輝学校」を傍聴。元総統の話を聞いた。91歳のご高齢には見えぬお元気さだった。本日はセミナーの終了日で、出席者の学生約30人を前に2時間にわたり講演された。 なお李元総統は公金横領の罪で起訴され、6月22日に初公判に出廷予定だったが、狭心症を理由に出廷を見合わせた。健康状態が懸念されていた。 以下、発言と印象に残ったことをつらつらと。李元総統は、興が乗ると北京語から台湾語に切り替わり、私は分からなくなった。 ●「自分がどこから来て、何をし、どこに行くのかを考えよ」「自己を見つめ、自己の中に他人を見て、自我を捨て去る」「自分の中の『聖』に気付こう。不変のものに気付こう」「たましいはある」など、かねてからの持論を述べられた。「たましい」の実在のところでは、レイテ海戦で戦死した兄君のたましいが帰還された時のことを語った。 ●キリスト教に出会い、神がついているいると思えたから、12年間総統が務まった。ストレスや緊張から救われた。 ●演台の上に1冊本を置き、それを見ながら話をされたが、ふとみると日本語の本。元総統は日本語で思考しているようだ。 ●尖閣諸島については「日本のもの。尖閣諸島(元総統は釣魚島とは言わない)周辺で、台湾と日本の間に漁業を巡る争いはあったが、領土紛争はもともとない」 ●「日本は明治維新の際、東西の文化を受け入れて融合した。だから、第2次大戦の敗戦の後も、あっという間に復興した」 ●「台湾経済がなぜ周囲の東アジア諸国より不振か」との質問には、俄然熱を帯びた答え。1980年代の状況から説き起こすので、話は2001年ぐらいで終わってしまったが、為替の問題に真剣に取り組まなかったこと、台湾企業の中国流出を許したことが大きいといわれた。土地など台湾内部の資源をぎりぎりまで使い切る努力を怠ったことを憂い、台湾に残ったはTSMCぐらいだと嘆く。 ●たましいの普遍性、内なる聖などの発言は願望であり、確信ではないような気がした。これに対し、政治の話題には熱がこもり、信念が感じられた。あくまで政治家。 ●きれいな女子学生が近づくと、少しうれしそう。90歳過ぎても男は男か。 ●秘書、ボディガードを多数引きつれ、結構物々しい。元国家元首なので警察の警備もつく。 ●威風堂々、風格を感じた。握手をしてもらったが、手は分厚く、冷たかった。

台湾の中国語辞典を買った。中国の「簡体字」版に慣れた目には、縦書きが新鮮だ。単語の並びも部首順で、日本の漢和辞典と同じ。中国のはABC順だ。インクの香りに、中学の時分、新しい辞書を買ってもらい喜んだのを思い出した。試しに単語を引いてみる。 【拉麺】「日本の麺料理の一種、小麦粉を細く伸ばしたもの」。そうだったか。中国甘粛・蘭州が発祥と思っていた。中学ころから進歩がないので、色気のある言葉を捜し始めた。国語辞典で【せっぷん】などを引いてみたのと同じだ。するとあった。【丁字コ】(コは衣へんに庫)。丁字は「T」の形、「コ」はパンツだ。妄想がふくらむ。 いわく「日本の相撲の選手の服装。台湾の一部民族も着用する」。中学時代との違いは老眼になったこと。「繁体字」は画数が多くて目が疲れる。2語を見たのみで放り投げた。

大使館に相当する米国在台協会(AIT)台北事務所のウィリアム・スタントン所長が、米独立記念日のパーティーで、今月末の退任後、アメリカンスクールの教師として台湾に残る考えを明らかにし周囲を驚かせた。3年の滞在を経て台湾の自然と台北市の便利な暮らしが気に入ったそうだ。車の運転が嫌いなことも、公共交通が便利な台北が気に入った理由のようだ。 スタントン所長は英文学の博士号を持つ。アメリカンスクールで中台関係や比較政治、文学の中の政治を教え、ジョージ・オーウェルやシェークスピアのマクベスなどについて語るつもりだという。 ワシントンで天下りの口はいくつもあったが、「シンクタンクやロビイストにはなりたくない」とすべて断った。歴代所長の中で最も庶民的と評される。まもなく公邸を出て普通の市民の暮らしに戻るという。日本人学校もある台北・天母の街角で出くわす機会があるかも知れない。日本で、大使経験者が日本人学校の教師になった例はあるだろうか。想像もできない。

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