自宅の4階建てアパートの1階は店舗で、オートバイの修理屋がある。油で黒ずんだコンクリートの床と壁。片隅に250CCの年代物がでんと置かれ、赤い字で「売り物」の札。台北でバイクは庶民の足だから、ぽつぽつ客が寄る。灰色の作業服の老店主がいつも店先に腰掛けている。岸信介元首相に似て、立派な風貌だ。 「この上にお住まいですか」。それまで、ちらちらと視線を送ってきていた老店主が、意を決したように話しかけてきた。小学校6年まで日本語教育を受けていたという。「おいくつですか」「昭和6年です」「日本語がお上手ですね」「いや、あれ以来話しませんので、言葉がうまくつながりません」。祖父母を思い出させる丁寧な楷書の日本語だ。 あたりは日本時代「大龍ドウ町」(ドウは山へんに同)と呼ばれた古い町。いつか昔話を聞こうと思っている。