江南事件最後の実行犯、呉敦氏の逝去と歴史の終焉
2026年2月3日、台湾の映画界で重鎮として君臨した呉敦(ウー・ドゥン)氏が77歳でこの世を去った。これに伴い、15日正午、台北市の斎場「懐愛館」において家族葬が営まれた。呉氏の死は、単なる一人の映画人の終わりを意味するだけではない。1984年にアメリカで発生し、国際政治を揺るがした「江南事件」の実行犯3人全員が、これでこの世を去ったことになる。
呉氏は若かりし頃、台湾最大の暴力団組織「竹聯幇(ちくれんほう)」の総護法という要職にあり、「鬼見愁」の異名で恐れられた。彼が関与した江南事件は、蒋経国政権に批判的だった作家・江南(劉宜良)氏を殺害したもので、米台関係を戦後最悪の危機に陥れた。この事件は結果として、蒋一族による世襲支配の終焉と台湾民主化への転換点となった歴史的事件である。
告別式で警察当局が厳戒態勢
呉氏の家族葬において、台北市警察局大安分局は異例ともいえる厳重な警戒態勢を敷いた。会場周辺には特勤中隊(特殊部隊)や少年隊を含む40人以上の警力を配備し、出入り口での検問や、向かいのビルからのビデオ撮影による証拠収集が徹底された。警察側は事前に、暴力団名の明示や旗・ロゴの持ち込みを厳禁とする制約を課しており、葬儀を隠れ蓑にした組織の誇示や集結を封じ込める狙いがあった。
このような警察の強硬姿勢の背景には、組織犯罪に対する「徹底的な抑え込み」という政策意図がある。近年、台湾当局は公共の場での暴力団による示威行為に対して厳罰化を進めており、今回の配備もその一環といえる。会場を訪れた「白狼」こと張安楽氏は警察の執拗な監視に対し、「なぜ葬儀を邪魔するのか」と不満をあらわにする場面もあったが、警察側は30人以上に身分照会を実施し、一切の妥協を許さなかった。
映画プロデューサーとしての転身と恩義の絆
服刑後に芸能界へ転身した呉氏は、映画制作会社を設立し、多くのヒット作を世に送り出した。彼はかつての組織のつながりを背景に持ちつつ、釋小龍(アシュトン・チェン)や陳楚河(バロン・チェン)といったスターを育て上げた実業家としての顔も持つ。
告別式には、呉氏が目をかけていた俳優陣や著名人が顔を揃えた。俳優の陳楚河氏、欧陽龍(オーヤン・ロン)氏らが参列し、朱延平監督は花籠を贈り、故人の恩義を偲んだ。呉氏の生涯は、暗殺者という「負の歴史」から映画界の成功者への転身という、極めて特異な軌跡を描いた。しかし、その最期まで警察の監視対象であり続けた事実は、台湾社会における彼の存在の複雑さを象徴している。
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