台湾で医師刺傷事件 前大学学長を元学生が襲撃 医療界に波紋

事件・事故

診察中に襲撃 前学長が右手と腹部を負傷

 台湾・新北市の輔仁大学付属病院で11日午後、診察中の医師が患者に襲われる事件が起きた。被害に遭ったのは同院泌尿器科医で、前輔仁大学学長の江漢聲氏(75)。午後2時ごろ、30歳の曾姓の男が隠し持っていたカッターナイフを取り出し、突然襲いかかった。江氏は右手首と左腹部を負傷したが、命に別条はない。現場にいた医療スタッフと警備員が男を制止し、警察が駆けつけ現行犯逮捕した。


元学生が計画的に犯行 SNSで予告投稿も

 新荘警察署によると、容疑者の曾姓の男は輔仁大学哲学科の中退者。大学在学中、江氏が学長を務めていた時期に大学経営をめぐる不正疑惑を理由に抗議活動を主導していた。江氏が関与した附属クリニックの資金管理をめぐる背信罪訴訟で、2025年8月に無罪判決を受けたことを不服とし、SNS上に「正義がなければ平和はない」などと投稿。事件前日には「輔大病院でニュースが起こる」と書き込み、計画的犯行を示唆していた。警察は医療法違反と傷害の容疑で送検し、検察に予防的勾留を申請した。


医療界が非難声明 「暴力ゼロ容認」を訴え

 事件を受け、輔仁大学病院は「いかなる医療暴力も容認しない」との声明を発表。院長の黄瑞仁氏は「江医師は無事であり、病院として全面的に支援している。医療現場への暴力は社会の信頼を損なう」と強調した。
 ICU医師の陳志金氏は「診察を助ける医師が患者に襲われるとは信じ難い」と憤りを表明し、医師の姜冠宇氏は「暴力を起こした患者は健康保険証に警告を記録すべきだ」と提案。「明日は医師の日だというのに、恩師が傷つけられた」と述べ、医療従事者の安全確保を求めた。
 SNS上でも「#醫療暴力零容忍(医療暴力ゼロ容認)」のハッシュタグが拡散し、社会的議論が広がっている。


名門医師一家の江氏 台湾医療界に長年貢献

 江漢聲氏は医師一家に生まれ、父の江萬煊氏も「台湾のケルンカット」と呼ばれた泌尿器科の名医。1975年に台湾大学医学部を卒業し、衛生署長(保健省長官)を務めた葉金川、林芳郁、侯勝茂らと同級生である。江氏は台湾男性医学会会長、性教育協会会長、泌尿器科学会理事長を歴任し、尿失禁防治協会も創設するなど台湾医療界に多大な貢献をしてきた。
 その江氏が患者に襲撃されたことで、台湾社会では「医師への暴力は社会全体への暴力だ」との批判が高まり、医療現場の安全体制をめぐる議論が再燃している。


再発防止へ 制度改革の議論進む

 台湾では近年、診療現場での暴力や脅迫が問題化している。衛生福利部(厚生労働省に相当)は医療暴力防止法の制定を検討しており、今回の事件が法制化の議論を加速させるとの見方も出ている。
 医療関係者の間では、警備体制の常設化、来院者の身分確認、危険人物の健保カードへの注記制度などが提案されており、制度的安全保障の整備が急務とされている。


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